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四次元殺法

青苧復活夢見隊:2012年1月23日

料理に添える葉っぱや花などの「つまもの」を売る奮闘を描いた『そうだ、葉っぱを売ろう!』(横石知二著 ソフトバンククリエイティブ)を読みました。

つまものは妻物と書き、著者の横石さんが徳島県上勝町農協に営農指導員として就職してからの葉っぱビジネスの紆余曲折を記しています。

葉っぱを売ることを思い付いてから、それがどんどん上り調子になっていく様子は、それより前に上勝町の主要産物であるみかんが寒害によって大打撃を受けていたことと相まって、 「おお、いけいけ~!」という気持ちにさせられます。

アイデアを思い付いて馬車馬の如く働いた横石さんと、様々な種類の葉っぱを揃えて売ることに意気軒昂な村のおばあちゃんたち、それに豊かな恵みをもたらしてくれる上勝町の自然の三者が見事に融合しての事業だったと思いますが、有名になったことで国内外から様々な視察が入るようになった中にエジプトからの訪問団もあったと書かれてありました。

 

私もエジプトに二年半住んでいたのでほうっと思ったのですが、エジプトには日本のような緑豊かな山はありません。

滞在中、料理につまもののようなものを添える場面も見たことがなかったので何を見てどう生かすのだろうと思ったのですが、翻って日本を考えてみると、葉っぱがビジネスとして成り立つ社会の爛熟さを改めて凄いと思いました。

上勝町の人たちも、横石さんから葉っぱを売ろうと言われた時、そんなものが売れるわけがないと答えたそうですが、料亭などでつまものを扱う文化があったからこそ葉っぱビジネスも成り立ったわけです。

そしてそういう文化があるということは国民全体がそういう美意識、芸術意識を共有しているからに他なりません。

横石さんの葉っぱを売るという発想、行為はもちろん凄いのですが、僕はそれにも増して何にでも美意識を感じる日本社会の繊細さ、日本人の心の豊かさに感嘆しました。

 

ちなみにエジプトの国家としての主要収入源は観光、石油、スエズ運河の通行料、出稼ぎ者の送金の四つなのですが、自分達で起こした産業というのはない。外から勝手に入ってくる、あるいはたまたま資源に恵まれたというものばかりです。

そのことをエジプト人はアラーのおかげだと感謝しているわけですが、そのことによって逆に産業が育たないという環境になっています。

エジプトの子供に「僕たちはちゃんとした国作りをする能力がない、日本人が来てやってくれ」と言われたことがあり、その時はさすがにびっくりしましたが、よくよく考えてみるとそのような国は世界中にいくらでもあってエジプトは別の意味ではやはり恵まれた国なのでしょう。

日本とエジプトの違いに限らず、ざっと世界を見渡してみても葉っぱが市場に流通している国はおそらくないでしょう。

そしてそんな日本のことを理解するのはやはり外国人にとっては相当難しいのだなあと思います。

そういうことはなかなかすぐに見えてくるものではないから、日本の力を日本人も外国人もちゃんと理解できないかもしれませんが、僕はこの違いは果たして一体何だろうと思わずにはいられません。

 

青苧も葉っぱのようにお金に化ければいいのですが、なかなか今のところ妙案は出てきません。

二次元のことを理解するには三次元に立たないと分からないように、僕自身は三次元を飛び出して四次元に行く必要がありそうです。

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