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和-なごみ-

青苧復活夢見隊 : 2015年2月15日

東北生活文化大学、mishima&co.の展示会を見に仙台に行ってきました。
去年も仙台は78年ぶりという大雪に見舞われましたが、今年も出発する時は吹雪、仙台に着いてもうっすらと雪のある状態でした。
会場が仙台駅から徒歩10分ということで、バスを降りて歩いていくと仙台も寒い。
同じ週に群馬、茨城にも行きましたが、どこでも風が吹くと寒いです。
空っ風に慣れていないせいか、一面銀世界の山形にいる方が体感的には暖かいかも知れません。


さて、今年の展示会のテーマは「和-なごみ-」。

原麻、撚糸、手織布、青苧和紙を使って、和風の小物を中心とした商品企画になりました。
かんざしや、ヘアゴム、イヤリング、うちわなど、暑い夏でも涼しげに過ごせそうな小物を揃え、売れ行きもかなり好調なようです。
「to mothers-みちのく-」さんとのコラボ商品である青苧とアフリカの布(チテンゲとカンガ)を使ったブレスレット、ピアス、イヤリング100個はネット販売し、発売直後に完売したそうです。
ちなみに「to mothers-みちのく-」さんは発展途上国の妊産婦と女性の命と健康を守るために活動している「公益財団法人ジョイセフ」を支援している団体で、一昨年にはスタッフの方が畑を訪れてくれたり、青苧を使ったグッズ作りのイベントを行ったりしてくれました。

ちょうど最近、お産の本を読みましたが、助産所などでの自然分娩は母子とその家庭にとっても、その後のそれぞれの人生にとっても凄く大事だなと認識しました。

出産という人間の尊く自然な行為が、病院の都合やお金によって捻じ曲げられているのは、大変残念なことです。
私も子どもが出来たら、家内には助産所で産んで欲しいです。
青苧は丈夫で切れないことから安産祈願にも使われていたので、妊婦さんたちを応援するものとしてぴったりだし、意味を分かって買ってもらえるのは大変嬉しいですね。

それから和といえば、まさしく今、大和言葉に関する本を読んでいます。
日本古来の言葉はやはり音と受ける印象がとても柔らかですね。
日本の本質は柔らかさだと思います。
私も友だちと話す時は「チョー」をよく使います。
でも、大和言葉ではこのうえなくとか、いたく、こよなくなど場面に応じてそれぞれ違う表現で使い分けています。
「チョー」はくだけた場ならどんな場面でも使えて便利ですが、そのせいでどんどん奥ゆかしい言葉を忘れていってしまいますね。

外国人が日本語を話す場合でも、あまりに「チョー」を上手に使っているのを聞くと、なんだかやるせないです。
自分も使っているのだから、何とも言えないところですが、元々はこういう風に言うんだよと大和言葉を教えてあげられるといいですね。

幕末以降は西欧由来の新しい概念を取り込むために和製漢語が盛んに作られました。
哲学、自由、競争などの言葉はそれまで日本になかった概念をどう表現したらいいか、先人が苦心して生み出したものです。
そのおかげで、日本人は西欧の原著を読まなくても、自国語で新しい概念を学ぶことが出来ました。
今でも、翻訳物の出版数はおそらく世界で一番でしょう。
日本にいながらにして世界の一流の書物に触れることが出来ます。
フィリピンでは科学などの授業は母国語のタガログ語ではうまく表現できないという理由で英語で行っているそうです。
日本人が誰でも日本語で学べるようにしたのと反対ですが、だから我々が外国語が出来ないという指摘はさておき、日本人と日本語の柔軟さはこうしたところでも発揮されています。
逆にお隣の中国では日本に来た留学生によって和製漢語が逆輸入されて、西欧文明を学ぶ礎となりました。
この文脈で行くと、和食や日本文化が広く世界でも受け入れられるようになっている現在は、和製英語さえもその内に海外で定着するようになるかも知れません。

日本語を話す外国人と接していると、海外で見る外国人より柔らかいなあと感じます。
それは元々日本向きの人が日本語を学んでいるのかなと思っていた時期もありましたが、最近は日本語を話したり、日本で暮らすことによって柔らかくなっているんだなあと思うようになりました。
自分のことを振り返ってみても、エジプトやトルコで暮らしていた時は、やはりあちらに適した言動をしていたので、言葉や環境で変わるんだというのは実感としてあります。

今回の展示会のテーマを「和-なごみ-」とした理由は聞きそびれましたが、和の持つ力は想像以上に強くしなやかに我々に受け継がれているように思います。

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